株式会社FMCC(Fatigue and Mental Health Check Center)

2-5:ストレスと自律神経系の調節

1. 日常生活で遭遇するストレス:
皆さんはストレスと聞きますと、人間関係のもつれなどに伴う精神的ストレスが思い浮かぶと思いますが、それ以外にも日常生活ではさまざまなストレスに遭遇しています。過労やオーバートレーニングなどによる身体的ストレス、騒音や紫外線、温熱環境などの物理的ストレス、新築の建物でみられるホルムアルデヒドなどの化学的ストレス、ウイルスや細菌などの生物学的ストレスなどがあります。私たちは、日々このようなストレスと向かい合いながら生活をしているのです。




最近のストレス環境:「世界一受けたい授業」での講演(倉恒弘彦)より

2. ストレスは絶対的な量だけでは計れない:
ストレスの影響を考える場合、ストレスの大きさとともに、ストレスに対する感受性やストレスコーピングを理解する必要があります。 ストレスの感じ取り方には遺伝的要素があり、これは性格の問題というより、気質(親からの遺伝によって決まる性質)が深くかかわっています。完璧主義で、固着性が高い人は、そうでない人よりもストレスをより大きく感じることが知られていますし、セロトニンの代謝に影響を与える遺伝的気質を調べてみると、シナプス(神経と神経の情報交換の場)においてセロトニン欠乏をきたしやすいタイプは、疲労に陥りやすいこともわかっています。 また、どの程度うまく処理できているかによってもストレスの影響は違ってきます。したがって、ストレスの評価は、①ストレスの絶対的な評価とともに、②ストレスに対する感受性と、③ストレスに対する対処がどの程度できているかを総合的に評価することが大切です。

3. ストレスの自律神経系への影響:
ストレスは自律神経系に直接影響を与え、身体の「戦うか逃げるか」の反応を引き起こします。これは交感神経系が活性化する結果で、心拍数の増加、呼吸の速度の増加、血圧の上昇などの反応を引き起こします。しかし、長期的なストレスは自律神経系に過負荷をかけ、そのバランスを崩すことがあります。自律神経系は、交感神経系と副交感神経系の2つに分けられ、体内や体外の環境に関する情報を受け取って、体内プロセスを制御します。交感神経系は、ストレスの多い状況や緊急事態に際して体の状態を整える役割があります。一方、副交感神経系は、日常的な状況下で体内プロセスを制御し、エネルギーを温存し、体を回復させる役割があります。

4. ストレス対する生体の反応:
過重労働などの身体的負荷や人間関係の軋轢などの精神的ストレスを受けると、図に示すように体の状態は一時的には軽いショック状態に陥りますが、その後そのストレスを解消するための神経系、免疫系、内分泌系のさまざまな反応がみられるようになります。この時期をストレスに対する抵抗期と呼びます。この時期に適切にストレスに対応ができると健康は維持できるのですが、ストレスの強度が対処できないほど強い場合や、ストレス状態が長期にわたり続く場合は、次第に適切なストレス応答ができなくなり、抑うつ、不安、無気力などの症状がみられるようになってきます。この状態を疲弊期と呼び、うつ病や不安障害などのメンタルヘルス障害の発病リスクが高まってきます。健康の維持・増進を図るためには、日々抱えているストレスを正しくは愛来るとともに、自分の神経系、免疫系、内分泌系の状態を客観的に評価することも大切です。


日本経済新聞朝刊 平成22年11月6日(土)の記事より抜粋

5. からだを支える大切な3つの柱とホメオスタシス:
神経系、免疫系、そして内分泌系。これら3つのシステムは体内で非常に重要な役割を果たしています。神経系は動作や全身の感覚、体温などを調節します。免疫系はウイルスや細菌などの異物を認識し攻撃して、病気やケガから人体を守ります。また内分泌系は、ホルモンによって体内のバランスを二十四時間調節しています。かつてこの三つのシステムは、それぞれが別のものと考えられていた時期もありましたが、最近では相互に情報交換をしていることがわかってきました

日常生活で遭遇するさまざまなストレスは、神経系、免疫系、内分泌系に絶えず影響を与えています。しかし、通常はこの三つのシステムは大きく崩れることはありません。からだに歪が生じてきても、正常な状態を維持するようにホメオスタシスと呼ばれる働きが存在し、通常はからだの歪は修復されているのです。しかし、慢性的なストレスが続いてNK活性などの免疫力が低下すると、体の中でおとなしくしていたヘルペスウイルスなどが再活性化し、疲労の原因となることがあります。


図:からだを支える大切な3つの柱(神経系、免疫系、内分泌系)の関係

6. ストレス管理と自律神経系の調和:
ストレス管理は自律神経系のバランスを保つ上で重要な役割を果たします。ストレス管理の技法を用いることで、交感神経系の活動を抑え、副交感神経系を活性化させることができます。これにより、心拍数や血圧が下がり、リラクゼーション状態を促進します。その結果、身体的・精神的な健康が向上します。

7. ストレス解消法(ストレスコーピング)の導入:
ストレスを解消するためには、自分が抱えているストレスを正しく把握して、対応することが大切です。この方法をストレスコーピングと呼びます。この対策としては、①課題優先対処法=ストレスの原因を分析し対処する、②回避優先対処法=ストレスを避ける、③情緒優先対処法=友人などに愚痴をいい、共感し合う、の三つの方法があります。

①課題優先対処法: この方法は、ストレス源に直接対処しようとするアプローチです。具体的には、ストレスの原因を分析し、それを改善または解決するための戦略を立てることが含まれます。たとえば、仕事のデッドラインに追われてストレスを感じる場合、課題優先対処法では、効率的な時間管理や仕事の優先順位付けなど、具体的なステップを踏むことになります。この手法は一般的に、ストレスが可制御かつ解決可能な状況に最も効果的です。

②回避優先対処法: この方法は、ストレス源から身を引くことで、ストレス感を緩和しようとする戦略です。ストレス源との接触を避けるとともに、運動をする、映画を観る、読書をするなど、気分転換を図る行動によって行われることが多いです。この対処法は一時的なストレス緩和には有効な場合がありますが、長期的にはストレス源自体に対処しないため問題が解決しない場合もあります。

③情緒優先対処法: この方法は、感情的な反応を通じてストレスに対処する手法です。例えば、友人に愚痴を吐く、感情を表現する、または他人の共感や支援を求めるなどの行動が含まれます。これにより、一時的に感情的なストレスを軽減することができます。ただし、これも回避優先対処法と同様、長期的な視点では問題自体を解決しないため、他の対処法と併用することが多いです。

これらのストレスコーピングの手法は一部ですが、ストレスに対する個々の反応は個人差があります。また、状況によっては複の対処法を組み合わせて使用することもあります。重要なことは、個々のストレスレベルや原因、個々の能力やリソースに合わせて、最も適した対処法を選択・適用することが重要です。例えば、課題が解決可能であれば課題優先対処法を、情緒的なサポートが必要なときは情緒優先対処法を、またはストレス源から一時的に逃れる必要がある場合は回避優先対処法を選択するなど、状況に応じた対処法を選ぶことが大切です。

なお、ストレスは体と心に悪影響を及ぼす可能性があるため、これらのストレスコーピング戦略だけで対処しきれない重度のストレスを感じる場合は、プロの心理カウンセラーや医師に相談することを強く推奨します。

8. マインドフルネスと自律神経系:
マインドフルネスは、現在の瞬間に集中し、判断せずにそのまま受け入れる瞑想の形式です。これは副交感神経系を活性化させ、ストレス反応を抑制する効果があります。定期的なマインドフルネスの練習は、自律神経系のバランスを保ち、ストレスに対処する能力を向上させることが研究で示されています。

これらの方法を活用することで、自律神経系のバランスを保ち、ストレスによる健康への影響を最小限に抑えることができます。ストレスは避けられない生活の一部ですが、その管理方法を学び、適切に対処することで、心身の健康を維持することが可能になります。また、マインドフルネスなどの心の訓練も、自律神経系の調節に有効であり、健康な生活をサポートします。自律神経系のバランスを保つことは、日々の生活の質を高め、長期的な健康に寄与します。しかし、自律神経系の病気は、体のあらゆる部分とあらゆるプロセスに影響を及ぼす可能性があります。また、自律神経系の病気には、可逆性のものと進行性のものがあります。自律神経系の病気の初期症状として、男性では勃起の開始や維持が困難になることがあります(勃起障害)。自律神経系の病気による症状として、立ち上がったときに血圧が急激に下がることで、めまいやふらつきが生じること(起立性低血圧)がよくあります。


医師:倉恒弘彦(くらつね・ひろひこ)
プロフィール
大阪公立大学医学部客員教授として、疲労クリニカルセンターにて診療。1955年生まれ。
大阪大学大学院医学系研究科 招へい教授。
日本疲労学会理事。著書に『危ない慢性疲労』(NHK出版)ほか。

 

 

 

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